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広島牡蠣(かき)と「かき船」の文化を世界に発信したい!

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広島 かき船かなわファンド2

創業慶応3年。広島のかき船文化を守り続けてきた「かなわ」が、元安川に浮かぶ現在の位置から400m上流へ移転新設します。より多くの方にかき船の文化及び広島の食文化を伝えていくファンドです。1口30,000円につき、銀座店などを含むかなわグループ全店で使える食事券10,000円分やかなわ特製の冬の鍋セットなど、選べる特典を贈呈します。

本ファンド対象事業の魅力

「かき船 かなわ」の移転新設
今回のファンドの資金は、元安川に浮かぶ現在の位置から400m上流へかき船を移転新設するための資金に使用します。
広島市を訪れる方は、年間100万人を超えます。広島の食文化と共に歩んできた「かなわ」が、より多くの方へかき船の文化と広島の食文化を伝えていくため、移転新設先の新店舗で料理人が腕を振るいます。

現在の「かき船 かなわ」の位置と、他かなわグループの飲食店舗の位置です。

広島牡蠣(かき)と「かき船」の文化を世界に発信
広島牡蠣は室町時代より養殖されており現在では全国の生産量の約6割を 担っております。牡蠣は汽水域に生息する為、スキー場が多く点在する中国山地の中から一級河川太田川より注ぎ込む広島湾で育ちます。
中国山地は主に落葉広葉樹林の為、そこから流れ出る水には多くの牡蠣の餌となる植物性プランクトン(ケイソウ類)が多く含まれ、それが太田川から広島の三角洲を通り広島湾に流れ込み、宮島、絵の島、大奈佐美島、能美島、江田島、倉橋島などの島々に囲まれた閉鎖海域の中で広島牡蠣は育ちます。この様な地形は世界でも有数の牡蠣の生育に最も適した形となっており長年牡蠣を養殖しても太田川から栄養分が常に供給されている為、数百年間に亘り牡蠣養殖を続けていても海が枯れる事がありません。


かき船のはじまり
広島牡蠣は江戸時代初期には牡蠣養殖業者によって大阪まで船で運んで直接販売が始められました。江戸時代中期には徐々に大阪以外の都市にも販路を広げ単に牡蠣を打って(殻を開けて)販売するだけではなく、そこで試食をさせるようになりそれが船の上に座敷を設け牡蠣料理を食べさせるようになりました。それが「かき船」です。幕末には牡蠣船で牡蠣を料理して食べさせることが流行したと言われています。
明治時代に入ると瀬戸内海沿岸はもとより九州や日本海沿岸までも進出し、船を沿岸に固定して水上料理店となって営業しており当時は数百隻に上ったと云われております。
その「かき船」は広島牡蠣を単に食べさせる施設だけでなく広島牡蠣の味を広め、牡蠣料理を伝える絶好のツールとなっていました。

昭和38年当時のかき船

かなわについて
かなわは1867年(慶応3年)三保久太郎が家業として牡蠣養殖業を始め、3代目が昭和21年より東京と大阪の百貨店に生牡蠣直売店を出店しました。その時が東京での広島かきの販売の始まりでした。
昭和20年頃より牡蠣の養殖方法が垂下式(筏)に変わり広島牡蠣の生産量が大幅に増え、より一層の拡販を迫られていました。昭和37年、かきをより一層拡販するには牡蠣料理を一般に広く浸透させる必要があるという事から、江戸時代からの牡蠣の販促ツールであった「かき船」で料理を食べてもらい牡蠣料理とその美味しさを広め理解されればより多くの牡蠣の販売に繋がるのではないかという思いから昭和38年「かき船かなわ」を開店しました。 それ以来、安全で安心して食べられる牡蠣を提供するため広島湾沿岸部ではなく能美島の深江沖の塩分濃度が高く綺麗で澄んだ海域で養殖された牡蠣のみを使い提供しております。広島県では生食用牡蠣と加熱調理用牡蠣では厚生労働省の生食牡蠣出荷基準のみならず海域も厳しく規制されています。その生食用指定海域の中でも特に綺麗な海域で採れた「かなわのかき」は牡蠣の美味しさだけではなく、極めて安全性が高く鮮度の良いものです。

かなわの牡蠣の詳細はこちらをご参照下さい


かき船から恒久平和を発信
現在の「かき船かなわ」は平和公園の対岸に位置し、入口横には「動員学徒慰霊慈母観音像」もあります。毎年8月6日には、式典に参加される方やお参りの行き帰りの方々の為に無料休憩所として開放しております。平和公園周辺には多くの慰霊碑があり、資料館、平和公園等を訪れる国内外のお客様が、慰霊碑を巡りながらお越しになられます。そのお客様に広島牡蠣の美味しさを味わっていただくことも平和を感じていただけるひと時となっております。
「かき船」で牡蠣料理を食するという過去から現在に繋がる文化はユネスコ世界無形文化遺産の「和食」と広島の食文化「かき料理」とともに恒久平和を全世界にアピールしております。


かなわブランドの店舗
かき船 かなわ:広島市中区大手町3丁目平和大橋東詰(※移転新設後変更)
ASSE かなわ:広島市南区松原町2-37 広島駅ビルASSE6階
かき名庵:広島市南区松原町2-37 広島駅ビルASSE6階
かなわ 広島空港店:広島県三原市本郷町善入寺64-31 広島空港ビル3F
銀座 かなわ:東京都中央区銀座6丁目7-7 第三岩月ビル地下一階



コース料理イメージ

営業者紹介

株式会社かなわ
1867年(慶応3年):三保久太郎により創業
1946年(昭和21年)3月:先代三保邦弘が家業のかき養殖業を法人組織とすべく金輪島海産株式会社を設立し、東京高島屋に出店
1962年(昭和37年)11月:広島のかきを全国的に普及すべく株式会社かなわを設立

<料理飲食部門>
1963年(昭和38年):かき船店開店
1965年(昭和40年):駅ビル店開店
1966年(昭和41年):銀座5丁目店開店
2002年(平成14年):銀座8丁目(オストレアかなわ)店開店
2005年(平成17年):駅ビル店の増床並びに広島県初のオイスターバー、かき名庵開店
2009年(平成21年):銀座店・銀座8丁目店 移転統合により、銀座6丁目店開店
2010年(平成22年):広島空港店開店

【参考ウェブサイト】
会社ウェブサイト
かなわの牡蠣について
かなわオンラインショップ
 

代表者紹介

代表取締役 三保二郎
1955年(昭和30年)11月30日広島生まれ
1976年(昭和51年)国学院大学卒業
金輪島海産に入社後、株式会社かなわ取締役就任。
1988年(昭和63年)、代表取締役就任。現在に至る。

ファンド対象事業内容

本匿名組合事業の概要は、出資金を用いて営業者が行う本匿名組合で集めた資金を使用する店舗で行う飲食店事業のことであり、本匿名組合事業の成果をもって、損益の分配および出資金の返還を行います。

なお、事業計画上の売上およびその実現施策、事業計画時の分配金額等については「プロジェクト概要 分配シミュレーション」ページをご覧ください。

資金使途

ファンド資金は、以下の内容にて使わせていただきます。

投資家特典

・1口: 以下のうちいずれか1点
  -10,000円食事券(かなわグループ全ての飲食店で使用可能)
  -冬にかなわ特製鍋セットを送付

・2口: 1口の特典を2回サービス

・3口~5口: 以下のうちいずれか2点
  -10,000円食事券(かなわグループ全ての飲食店で使用可能)
  -冬にかなわ特製鍋セットを送付
  -かなわの生牡蠣セットを送付

・6口~9口: 3口~5口の特典を2回サービス

・10口~: 料理長特別コース2人分(かなわグループ全ての飲食店で使用可能)

 
(注1) 一度のご飲食総額が10,000円に満たない場合でも、差額分のご返金は致しかねます。
(注2) 特典は、営業者の都合により内容が変更される場合や、実施ができなくなる場合もあることをご留意ください。
(注3) 海外への発送はいたしかねますので、あらかじめご了承ください。
(注4) 特典の詳細につきましては、契約期間中、別途ご連絡いたします。

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セキュリテ
  • 目標金額 
    9,450,000
  • スポンサー募集終了まで 
    終了しました

¥31,710 の支援

 (内訳:出資金30,000円 取扱手数料1,710円)
(上限口数:33口)

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